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2008年02月09日

1 追行

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翻羽翼后

1追行



 東伯淡巳智春の東暦五十六年春は四月、武士である辻勇は東国の大都東慧を離れ、騎馬を以て北方へと向かった。
 北へ向かう事、三十日。景色は荒涼なものにと変わり、人家も見かけなくなり、目的の地である北邊千人浜に至った。
 千人浜。百年ほど前の海神の役の際、守応皇子が旗下の千人と共に、紘土へと渡ったとされる浜だ。旅だったとされる春。晴天で、波は低く、追い風を受けて、大陸には一兵の損失もなくたどり着いたという。その後の皇子の勝利を示したとされる事跡だ。
 同じ四月というのに辻の前に広がる海は荒れては白く泡立つ、空はただ暗く緞帳をかけたとでもいうようだった。
 辻は小さく息を吐いた。
「これも姫の為だ」
 辻が一人北邊へと赴いたのは、東伯の娘である琴姫の為だ。『東伯の琴の響きは鯰並み』と、地震を起こす鯰と同じ調子で語られるほど、勝手気ままに騒がしていると伝えられていた。それが誇張された伝聞であると知るものは少なく、辻もその一人だ。
 辻の知る限り、琴姫はわがままというよりは、猛々しく、男子であればという東伯の嘆きも当然な活発な少女である。時折、怒気を面に出して周りを騒がすこともあるが、十という年を考えれば当然の事だ。
 琴姫は身分を隠して市中を闊歩するのが日課であり、その護衛が辻の役目であった。ある夜の事、琴姫は一人の占い師に出会った。
 その占い師は、琴姫のただならぬ悪運について語り、それを覆らせたくば、北方に至り、女神に逢えというのだ。
 琴姫は一笑に附した。
 だが、その夜以来、琴姫の周りでは、不祥が相次いだ。
 大事にしていた乳母が病にかかり、大切にしていた桜は枯れ、お気にいりの馬は病み細り命を失った。そして、市中を回る際に隠れ家にしていた家が火事となった。
 これだけ重なれば、姫もまた笑ってはいなかった。
 だが、大身の姫なれば、一人、北へ行くことは叶わず、辻にその役目が回ってきたのだ。女神とやらに会って話を聞ければよし、できるものならば自分の前にまで連れて来いと。
 辻には辻の考えもあり、姫のその命に従う事にした。
 女神が何らかの比喩であるのは想像がついた。昴国の軍師橘漣花が『溟の女神』と呼ばれるようにこの地にも傑出した人物がおり女神と呼ばれるのだろうと。そう考え、来る前に調べたが、北邊の文物は東慧には伝わらず、書物に残るのは女神の伝承が一つだけであった。
 『守応皇子が海を渡る際に、日女尊が現れ、海路を守護した。』
 伝説ではあるが、もしかしたら何か解るかもしれない。そう思い伝説の残る千人浜に来たのだ。
 海に近いところの木々はまばらなものだが、北ということもあり、風に押さえ込まれるように小さくゆがんでいた。
 空に朱色が混じり始めた。もう夜が近いのだ。
 昨夜宿を借りた村に戻るには、まるまる馬で一日走らなくてはならない。野宿するところを探さなければいけない。
 辻は辺りを探し始めた。
 漁師の小屋らしきものを見つけた時には既に暗くなったいた。
 馬を近くの樹に縛り、小屋に入った。
 中には囲炉裏があり、部屋の隅には薪が積まれていた。懐から火打ち石を取り出して、薪に火をつけた。風が入ってくる場所を避けて囲炉裏の側に陣取った。
 座っているうちに疲れが出てきたのか体が重い。
 暫くうとうとしたつもりだったが、薪が随分と減っている。辻は薪を囲炉裏にくべた。
 馬が一際高い声を上げた。
 東慧からこの方乗っている馬であったが聞いたことない声だ。
 悲鳴混じりのその声に辻は外に飛び出した。
 馬の姿はなくなっていた。
 馬がいた地面は深くえぐれていた。抉れはないものの海に向かい何かが通った筋のようなものが見えた。
 海から来た何かが馬を襲った。そしてそれは未だここにいる。
 星明かりの微かな光の中では見通せない。
 辻は腰の刀、兼重征泰に手を伸ばした。
 どこかで何かが動いている。目が慣れてきたらそこに仕掛ければ。
 そう思った瞬間、来た。
 海から何かが吹き出してくる。それは砂を吹き飛ばしながら突き刺さる。水の塊だった。
 敵は海だ。
 そう思いながら海から離れる。だが、そう思ったところであの水を飛ばすものから逃れることはできるか疑問だった。
 狙いは海の中のものの位置をつかむことだ。位置をつかめればよし。掴めないにせよ相手の動きを見ることができれば。
 海の中から何かがはい出してくる。それは辻を一気にしとめようというのか大きく潮をまき散らしながら飛び上がった。それは巨大な海月のようなものだった。茶色に透けた体の中で馬が苦しげに動いているのが見えた。
 腰を低くして走ろうとした時、砂のせいで足下が揺らいだ。
 走るのが遅れた。
 星明かりがかげった。
 頭上には巨大な水が迫っていた。
 辻は兼重征泰を抜いた。居合いで放たれた刃は空を斬っていた。
 決して届かぬ間合い。刃は触れていない。
 しかし、水は飛沫となって砕け散り、はい出してきたものも両断していた。馬の体が砂にたたき付けられる。既に命はないのか声一つあげない。
 海月のようなと思った通り、それは水でできていたようで、肉のようなものは見あたらない。
 辻は馬に近寄ると顔を歪めた。
「これは」
 馬は生きている時と変わらぬ姿をしていた。だが、その身は、半ば琥珀と化していた。
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2008年02月14日

2 生鉄

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翻羽翼后

2 生鉄


平地が多い昴国の中では珍しい山の多い羽端の地は、既に雪も溶け、訪れる春を待っていた。その先駆けとなる白い百合の花を手に那賀月歌は山道を歩いていた。
 もう暫くすれば百合の花でいっぱいになる山も、所々雪が残るこの時期、咲いているものはすくない。まだ、寒さが残る中、山が幾重にもなった奥から百合を持ってくることは辛いが、祖母の喜んでくれる顔を思えば苦痛ではなかった。
 百合は今年に入り具合の悪い祖母のための花だった。今まで十になる歌に負けぬほど矍鑠としていた祖母が、年をあけた頃から随分と動かぬようになった。幸い、自ら耕さぬとも、船乗りである歌の父から仕送りがあるから生活に困ることはなかった。
 しかし、身近にいる祖母が弱っていくのを見るのはいいものではない。
 そう考えていると山は終わり、村に続く丘が見える。丘を越えれば後は村まで駆け下りるだけだから、歌は足を早めた。
「何これ」
 村からは黒い煙があがっていた。
 食事時以外、村の煙りがでている事はない。まして黒い煙など見たことはなかった。
 歌は丘を駆け下りた。
 村に近づくに連れて、どこかで声が聞こえた。それは心の中の不安が作り出したものか、村に入るなと強く告げていた。
 しかし、歌は進んだ。
 歩きなれた道なのに一歩一歩進むのが恐かった。
 煙だけしか見えなかったが、近づくに連れ、数件の家に火がついているのが見えた。
 何かあったのだ。そう思いながら歌はできるだけ静かに進んだ。
 火が物を燃やす音を除けば、音という音は消えてしまっていた。
 歌は耐えきれなくなり走り始めた。家には年老いた祖母がいるのだ。
 村の中央に行くと一際大きな火の塊があった。
「こんな」
 それは自分が朝まで住んでいた屋敷だった。
 村で一番の福持ちといわれた屋敷は、大きな火の塊となっていた。
「お婆ちゃん」
 声に答えはない。
 だが、歌にははっきりと見えた。火の中にいる人の形を。
 それは縛られてでもいるのか、動きはするものの自由ではないようだ。
 助けにいかないと
 歌は門から屋敷に飛び込んだ。
 屋敷は歌の思っている以上に念入りに火がつけられたようだ。
 玄関から中に上がり込んだ。煙をすわないようにはうようにして祖母の部屋に向かう。
不思議と火は熱くなかった。
 祖母はいた。
 布団は赤く染まっていた。火の照り返しではなくて祖母の血だった。
「彩火さま」
 祖母の目には自分は映っていないようだった。今ではないどこか遠くを見ている目がはっきりした。
「お婆ちゃん」
「歌、逃げなさい」
「でも」
 祖母は首を横に振った。
「自分の命と私の命、これから長いのはどっちだい?」
「長さなんてしらない。逃げよう。今ならそんなに熱くなかった」
 祖母は小さく頬をゆるめた。
「それは違うんだよ。歌、お前はね選ばれた子なんだよ。どんな火もお前を傷つけることはない」
「どうしてそんな」
 歌は祖母が立ち上がるのを見た。一緒にきてくれると思った歌は気づかなかった。
 祖母が自分を思いっきり押した。その顔には安堵したような笑みが残っている。
「おばあちゃん」
 天井が軋んだ。上を見れば火により立っていられなくなっていた家が崩れようとしている。
「歌、東慧にいきなさい。行けばお前の」
 祖母の声は最後まもで聞こえず、家が崩れる音に飲み込まれた。
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2008年02月20日

3 時合

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翻羽翼后

3時合



 辻は懐紙で刃を拭うと刀を鞘に収めた。
 体が冷たい。濡れた服は容赦なく辻の体から熱を奪っていく。
 辻は小屋に入った。
 先程の化け物。琥珀となった馬。考えることは多かったが、今は目の前の難儀が先だった。服を脱いで、絞る。囲炉裏の横に置いて乾かすつもりだった。潮を浴びた服は乾いたところで真水で洗わねば無駄なのは解っていた。真水は竹筒に入れてある水だけだ。
 明日はどこか川を見つけなくてはいけない。
 足音が遠くでした。砂を踏む音は少しづつ近くなってくる。もともとの小屋の持ち主かもしれないが、先程の事もある。辻は刀を手元に引き寄せた。
「誰かいるんですか」
 童の声だった。
「入りますよ」
 戸を開き入ってきたのはきれいな童だった。男女ともつかない美しいきれいな顔だった。ただのきれいな童ではないのは、その格好を見れば明らかだ。
 きれいな光沢を持った絹の狩衣は東慧でも見ないような質のいいものだし、腰にある刀も仕立てからして、そのあたりのものが持っているものではない。
「武家の方と思いますが、わざわざこんなところまで。やはり青鸞王の事跡を尋ねられてですか?」
「武士なのはあっている。辻という。ここは青鸞王の事跡なのはしっているが、女神を訪ねてきたんだが、伝がなくてな。心当たりがあれば教えてもらえないか?」
 童は小さく笑みを浮かべた。
 辻は自分の格好の間抜けな事を思い出した。そのような格好でこうして真顔で女神など話していれば、目の前の童が笑うのを当然だろう。
「ここにずっといらっしゃったんですか?」
 辻は頷いた。
「よくご無事でしたね。あれとお会いになられました?」
 童が知る程度にはあれは知られている物らしい。
「あの化け物か?」
「ええ。ということは撃退されたんですね」
 童は関心したようにいうと、小屋の中を見回した。
「ところで、このまま一夜を明かされますか?」
「他に場所もないのでな」
「まあ、ここで話しているのも何ですから、どうぞ。家においでください。あばらやですが、広い家に家僕と二人ですので、辻さま一人なら何迷惑にもなりませんから」
 辻は頷いた。
 濡れていなかった鹿革の長羽織を身につけた。
「すぐですから」
 そう童はいうが見たところこの辺りには家のようなものはなかった。
 外に出れば小舟が一艘、砂浜にあがっている。馬の姿はなくなっていたが、落ちた時にこぼれた血が砂に残っている。
 まだ何かあるな。
 辻は闇の中に目を向けたが見える物はない。
「こちらです」
 童はさっさと小舟に乗って、櫂をとった。
「どうぞ」
 辻は小舟にとった。見かけより童は力があるようで櫂で砂を押すと、小舟はすぐさま海に出た。
「少し寒いかもしれませんがすぐですから」
 櫂をとりながら童は調子よく腕を動かす。小舟は水の流れに乗ったようで、早く進む。
 辻には見えなかったが、砂浜の向こう側は崖のようになっており、そちらには狭いながら平地があった。
小さな船着き場があり、童はそこに小舟をつけた。
「降りてください」
 辻は言われるままに降りた。童は小舟を持つと軽く引っ張り上げて、船着き場に転がした。
「こちらです」
 平地には畑が作られていて、その向こうには石垣が作られている。
「そこが家です」
 石垣の向こうには軒の低いが、屋敷といっていい大きな家が隠れていた。木と石で作られていて、今では見かけない形で、随分と古いのは解る。
「ここは青鸞王、当時は守応皇子でらっしゃいましたけど、お泊まりになったんですよ。今でこそ、廃れてしまいましたが、昔、この辺りは琥珀がとても商いされていて」
「琥珀が」
 先程の琥珀めいたものになってしまった馬を辻は思い出した。
「さっきのことだが」
「まず中へ」
 童は中に入っていく。
 そうすると皺に顔を埋もれたような大柄な老人が寄ってくる。頭は短く刈られていて、白さが目立つ。
「お帰りなさいませ玄鷹さま」
「ただいま。こちらは、お客人だ。浜で難儀されていたのでお連れした。風呂の用意をしておいてくれ。あと、適当に服があれば。僕のだと無理だけれど、爺の若い頃のものなら着れると思うんだ」
「どうぞこちらに」
 爺は辻を案内するように手を差し出した。
「では世話になる」
 家の中は外から思ったよりも天井が高い。
「もうしわけありませんが、先に湯屋にいっていただいてよろしいですか。中に入られるよりよいと思いますので」
 爺は玄関を降りると、先に立って歩き始めた。
「いってきてください」
 童にもいわれ、辻は歩き始めた。庭の端からは白い湯気が立つ小屋が見えた。
「この辺りは所々に温泉がございまして、少し先で湧き出しているものをここまで流しているのです」
「それはすばらしいな」
 小屋の中に入ると籠が置いてある。
「こちらでどうぞ。ああ、この辺りの湯は塩を含んでおりますので、鉄のものは運ばぬほうがよいですぞ」
「ありがとう」
 そもそも湯に武器を持っていく物はいないだろう。と考えてから辻はあっさり服を脱ぎ、中に入った。
 露天になった岩風呂だった。
 辻は身を固くした。入るまで気づかなかったが湯気の中で、先客がいた。
 長い髪をしているから女と一瞬思ったが、その肩は鍛えられていて引き締まっている。無駄がない鍛えられた男の肩だ。
「いい夜だね」
 男は辻を見ると、白い歯を見せて笑った。
 
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2008年02月23日

4 火眷

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翻羽翼后

4火眷


 屋敷は崩れていた。燃え、柱を失い屋根の重みに耐えきれなかったのだ。
 歌の周りには隙間ができていた。周りにはまだくすぶっている家だったものがある。
「おばあちゃん」
 今までならありふれていた答えはなく、沈黙だけが答えた。歌は祖母を探し家の残骸に手を伸ばした。近づけばそれは残骸などではなかった。背を刻んだ柱、沢山の人形を飾った棚、毎日の食事を共にした卓。そうした思い出の欠片だった。
「お前か」
 鋭い声におどろいてふりかえると男と思われる姿がある。男は火の中にありながら、まったく苦痛を感じないようで、歌に向かい近づいてくる。
「南家彩歌、朱雀の旗の下に降るのならばよし、降らぬのなら誅する」
 男が何をいっているかは分からない。分かるのは、ただ目の前の存在が村に火をかけたということだ。
「どうしてこんな事をしたの」
 男は掌を歌に向けた。掌の中には陽炎が踊っていた。
「焔弾」
 男の手から炎が走った。それはまっすぐに歌に向かってくる。
 炎は歌を掠め、背後の梁の残骸に触れると燃え広がり一気に燃やし尽くした。
「目はいいようだな」
 今のは何だろう。
 ぼんやりと頭に霞がかかったようだ。恐怖ではなく、むしろ他人事のように思えているのだ。
 あの炎なら火付けなどしなくても村を燃やす事など簡単な事だったろう。
 簡単。
 そうだ。自分も簡単に殺されてしまう。
「次は終わりだ」
 掌がまだ向けられている。
「炎弾」
 早くてよけれない。
 そのままでいい。ただ、その動きを目で見て。
「ぬ」
 驚いている声がした。炎は歌の周りで散っていた。
「火を友とする、火眷の血脈。まぎれもなく南家の血統だな。降る気はないか?」
 術師の問いかけには応えてはいけない。それが言質となって、力を落とすから
「少しは術師としての教えを受けているようだな。だが、これでどうだ」
 男の手が宙を舞うように動く。それに従って奇妙な文様が宙に浮かび上がる。
「祝融煌」
 走り込んであの模様を手で乱しなさい
 歌は言われた通り模様に手をぶつけるとめちゃくちゃに手を動かした。模様は細かく散って消え去った。
「二位の火も食らうのか。ならこれでどうだ」
 男は歌から走って離れた。男の口から意味の分からぬ言葉と共に両手が突き出される。
「朱炎駆」
 赤い炎の馬が現れる。馬の周りには陽炎が生じて、歪んで見える。馬の蹄の下の土が焦げついているのが見える。
 炎の馬は駆け抜けた。巨大な炎が歌に向かい走り、急速に移動する炎に空気が引き裂かれ、暴風が共に走る。
 炎が歌を通り過ぎていく。後からくる台風の如き風量に、歌の体は大きくはじき飛ばされた。
 地面に向かい叩きつけられた。どこをぶつけたかわからないくらい体が痛い。目がくらみ、涙が流れてくる。だが、その涙も周りの熱さの為か直ぐに蒸発する。でも、体中は奇妙なくらい生気が溢れていた。血の中を火が混じって流れるようだ。
「朱炎駆でも、消し炭にならずにいきているとは。だが、もう一度くらえ」
 男は再び両手を突き出した。
「朱炎駆」
 手をあげて。そして叫びなさい。
 歌は両手をあげた。
「炎帝燿伐」
歌の指先に炎が宿る。それは燃え上がるように膨れあがると形を変え、巨大な斧を思わせる形をとる。斧は周りに花びらを思わせる炎を散らしていく。
「七位だと」
 駆けてきた炎の馬に斧が触れた。馬は斧に触れると炎の勢いが弱まり小さくなっていく。それに伴い斧はより巨大になっていく。 
 斧そのものの持つ破壊の力に流されるように、歌は両手を振り下ろした。
 馬は斧の持つ力に消え去った。そして斧の振り下ろした地面は溶け、巨大な穴を開けている。先程の火事が涼しく見えるほど、周りは赤く染まっていた。
 歌ははじめて気づいた。自分もまた目の前の男同様これだけの炎に囲まれながら、何の痛みも感じていないことに。
「くっ」
 男は怯みはしたようだがまだ戦意は捨てていないようだ。
「さすがは南家の直系だ。こちらの非礼を詫びよう。都にくる気はないか?」
「昴都へ?」
「あんなでかいだけの田舎町と一緒にするな。帝のおわす祥環だ」
 自分の住む昴国が、海の向こうに住む帝に従っているのが知っていた。
「どうして?」
「自分が何者かしらないのか?」
「那賀月歌」
「違う。お前は南家彩歌。守応皇子と南家彩火の間の一粒種だ」
「お父さんとお母さん」
「何もしらずにいたのか、なら一緒にいこう。都にいけば、天孫たるものは栄光を手にする。もうここには何もないだろ」
 ここには全てがあった。何もなくしたのはこの目の前の男のためだ。
 斧は消えてしまった。
「ふざけないで」
「どちらにせよもう遅い」
 赤だけで彩られていた世界に黒い点が姿を見せた。男と同じ姿をした集団だった。
「この数ならいかに七位の炎でも抗しきれまい」
 男の背後に集団は立った。歌は逃げ場を探そうとあたりを見たが、男たちの数は多い。
 各が開いた手には少なからず陽炎が見えた。ただ一人だけ、手に刃と思われる鋭い光がある。
「その通りです。素直に抵抗を止めてください」
 淡々とした声だった。
 集団の一人が剣を抜いて男の首に刃を向けている。
「何者だ」
 そういわれ頭巾をとった顔はまだ若い。官吏によくある線の細さを感じさせる顔だが、船乗りのようによく日焼けしている。
「この地を任せられております驍ともうします。昴主の名においてあなたの行為を止めます」
「我らは帝の命において動いている。属国の命など従わぬ」
「昴主は帝より紘土の安寧を預かっております。同じ主君の命ならばそこに上下はありません」
「一人では無駄だぞ。火はきかん。男もろとも焔弾で撃ち殺してしまえ」
 驍と男に掌が向けられた。
 止めなくてはいけないと思った歌の耳元で風が吹いた。風の中で声がした。
「御曹司は俺が守るから心配すんな」
 焔弾が放たれた。
 不意に吹いた突風が焔弾を散らした。
「術師か」
「ばれたみたいだぜ。どうする?」
「是非もない」
「了解」
 驍は剣で男を殴りつけた。男は倒れ動かない。驍はそのまま歌に近づく。
「一緒にくるんだ」
「でも」
 村の人たちは置き去りになる。
「大丈夫だ」
 歌は頷いた。
 焔弾が歌と驍に迫ってきている。
「鴻」
 歌は自分を包む風を感じた。焔弾の軌跡がずれ、何もない地面を焦がすだけだ。
 四頭だての馬車が走ってくる。驍は歌と男を抱き上げた。身を堅くする歌に驍は呟く。
「行くぞ」
 馬車は二人が乗ると、一際高い鞭の音が響く。馬車の速度が速まった。
 逃げる馬車に向かい焔弾が向けられるが、先程のような風が散らしていく。
 歌の目から故郷は見る間に遠くなっていった。
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2008年03月02日

5 遺誡

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翻羽翼后

5遺誡


 笑みを返してから、辻は男を見た。
 背の中程まである長い結んである黒色の髪が揺れてみえる。
 ほっそりとした輪郭をした顔は、形のいい眉を持ち、きりっと通った鼻筋と、小振りな唇を持っており、まるで武者人形を思わせる美男だ。年は辻と同じか少し年上だろうか。鍛え上げた身体はその柔らかな雰囲気にそぐわなかった。
 何かおかしかった。
 辻は警戒していた。それでもこの男は気配も感じさせなかった。それは、自分を完璧に律する事ができるもののみが見せる境地だ。
 辻はそう考えつつも、桶に入れた湯で体を流してから、露天風呂に入った。
「お武家さんかな」
「ええ」
 辻は頷いた。
「わかりますか?」
「刀を扱っていると体につく肉の付き方が変わるからね」
 正面から見ていて違和感の正体に気づいた。男の体に傷がほとんどない。まるで生まれたの赤子のようだ。
「そちらは」
「用心棒さ」
 その言葉が真実なら、この身の傷の無さはただ一つ。男の力量を示している。天才的な技か、あるいは頑強な体か。あるいは二物を持つか。
 辻は言葉を選びつつ男を探る気になっていた。
「それがしは辻ともうす。ご明察の通り武士です」
「俺は遮那という。用心棒だ」
 この男を護衛に雇うようなものとはいったい何者なのだろうか。
「護衛ですか?」
 聞いても答えないと思いながら辻はいった。
「今回は調べものの口なんだ」
 あっさりと男は口を開いた。
「この辺りは琥珀の産地らしいんだがしっているか? 琥珀は紘土だとかなり高価なんだぜ」
「そうなのですか」
 あの馬のように生き物を琥珀にかえるものがいるのなら、そこは無尽蔵な富を持つことだろう。
「ああ。大陸から天津島にくる富は多いが、でていく琥珀に関しては、逆なんだ。また天津の琥珀はできがいいからね高値で売れる」
「それは知りませんでした」
「おっと、とんだ儲け話だったな。まあこうした儲け話は他人に話さないのが寛容だ。それを解っているようで、あの坊ちゃんは何も話してくれないのでここにとどまっているわけだ」
 遮那は立ち上がった。
「すっかり長風呂しちまった。ここは武士にとっては縁起がいい風呂だからよく味わっておくといいぜ」
「縁起がいい?」
「『彼聖四年、青海孤影、ゆくは一艘の船、乗るは守応皇子』」
 東国の武士なら子守歌のように聞いている守応皇子の武勇伝の一つ。青鸞王渡海の始まりの一節だ。
「『眼前には船団 皇子独り挑む 雲霞の如き敵 怯まずに挑む』」
「その後、守応皇子は相手の帝を倒し、天津を救った。その前に入った風呂がここさ」
 遮那は思い出しているのか目を閉じた。
「『我が滅已のち、劃定せし境は、命賭けるところなり』」
「それだ。」
「その時に決められた区分が今でも東国の所領を定めていますから、幼い頃より学ぶことです。それにしても、ここがそうだとは」
 遮那は頷いた。
「割合物語だとそれらしい場所でしているからな。ではまた顔をあわすこともあるだろう。そのときはよろしくな」
 遮那は立ち去っていった。
 辻は息を吐いた。
 今まで入ってこなかった景色が入ってくる。
 海がよく見える。
 空に瞬く星がなければ、どこが海と空の境かわからないような眺めだ。
 遮那という男は海に似ていた。気持ちの持ちようで海は、様々な事を思わせるが、海そのものは常に海だ。あの遮那もこちらの感情の動きによって、雰囲気を変えたように思えたがそうではない。こちらの疑心を受けてそのように振る舞ったように過ぎない。
「辻さま、服を用意させていただきました」
 外から声が聞こえた。
「わかりました」
 辻は答えた。
 体が温まるまで入ってから辻は外に出た。
 用意された服はまだ新しいもののようだった。辻が着てきたものより厚く、こちらの気候にあっているようだ。
 辻は刀を持って外に出た。
 玄関を回ると童が待っていた。
「いい湯だったみたいですね」
「久々に体が休まったよ」
 辻が答えると童は笑みを浮かべた。
「食事の用意はできてますよ。こちらに」
 そこは十数人は入れそうな広間だった。
 相変わらず気配なく遮那は座っていた。
 沿海州の船乗りがよく使う裾を絞れるようになった黒い袴と、色々な布を切り嵌めてあるあざやかな上着の袖を、肩近くまでずり上げて紐で縛っている。
 膳が用意され、焼き魚と海草、汁物とご飯が用意されている。
 辻が遮那に黙礼し、二人は向かい合って座った。
 上座に席があり、そこに座るのは童だった。
「せっかくなので紹介と思ったんですけど、もうすまされてますね」
 二人は頷いた。
「僕は北家玄鷹といいます」
 玄鷹は背筋を伸ばし、ゆっくりと頭を下げた。
「以後よろしくおねがいします」
 頭を上げると、玄鷹は膳を手で示した。
「料理が冷える前に食べてください」
 辻と遮那は食事を始めた。
「お二人ともどうしてここに?」
「俺は仕事だ。辻殿はお役目らしいが、玄鷹殿は?」
「ここにいるのは狩りの為です」
「狩り」
「はい。・・・をとら・・」
 玄鷹の言葉に被さるように轟音が響いた。 
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2008年03月14日

6 随縁

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6随縁


 馬車の中は柔らかな光沢のある布で飾られていた。至るところに精緻な飾りがされていて、おとぎ話に聞く月からくる車もこのようなものではないかと思えた。
「怪我はないか?」
 歌は頷いた。
「巻き込んでしまって悪かった。あいつを捕らえねばならなくて」
 男は縄で縛られ、転がされていた。
「他の人は?」
「君だけでも助けられてよかった」
 祖母や村の人たちの顔が浮かんだ。
「この人が」
 驍は眉をひそめた。
「あまり暴れなさんな。密室で火術使うと悲惨だぞ」
 御者台から声が聞こえた。
「すみません」
 術。先程の斧をここで出せばどうなるか。歌でも想像がついた。
「私は驍将真という。昴主さまよりこの一帯を預かるものだ。最近、国境の辺りで火付けが多く、探索をしていた。何か村が襲われた理由はわかるかね?」
「村は普通の村でした。若い人はいなくてお年寄りばかりでしたけど」
「この男たちはどうも何かを探しているようだったからね」
 男は目を覚ました。
 状況が分からないように左右を見る。歌で視線を止めた。
「私は帝の命によってここにいる。さっさと縄を解き、娘を渡せ」
「昴国は法で治められている。罪過を見過ごすことはできない」
「ふざけるな」
「もし貴公の語ることが真実ならば名を明かされよ。しかるべき筋をあたり、身分が分かれば、対応も違ってくる
「最初からそういえ。南家五徳だ」
「南家に問い合わせしましょう。その前に、焼き討ちをした理由をお聞きしたい」
「それは」
 五徳は再び歌を見る。
「その娘を捜し出すためだ」
 歌は首を横に振った。自分には狙われる訳はない。と思う裏で、五徳を相手にしたときの声と、伴う術が思い出された。
「彼女は何者ですか」
 不意に馬車が止まった。
 御者台から声が響く。
「追っ手だ」
「数は?」
「数はいいんだが、まずいな。特に俺と御曹司が。回りに火つけられてやがる」
 五徳は笑った。
「火行陣に入ったな。素直に娘を渡せば、許してやっても構わんぞ」
「火行陣?」
「確か陣内にある燃える物を片っ端から燃やす陣だ。人間が燃えるのは最後だが、その前に火に包まれておしまいだ。あつ、回りの枯れ草が燃え始めてるぜ」
「分かった」
「鴻は彼女を連れて逃げてくれ」
「どうするつもりだ」
「目的は、彼女と五徳殿だろう。切り離せば人手を散らせる」
 御者台から中に入ってきたのは浅黒い肌をした長身のやせた男だった。黒い道服を身につけ、乱れた髪は長く帽子を目深に被っているせいか表情が見えない。
「お嬢ちゃん、俺は鴻という。御曹司、驍さまに仕えるものだ。ところで、あんたどのくらい術が使える。火行陣の崩し方はしらんか?」
 歌には分からない事だった。
「その娘は術をしらん。無駄だ無駄」
「しらんのにあれか。天性か、そりゃまた狙われもするな。御曹司、組み合わせは俺と五徳殿、御曹司とお嬢ちゃんだな」
「あの風を使う術ならすぐに離れられるはずだ」
「いやいや五徳殿はこうして静かにされている方ではないよ。火車牽きの五徳殿といえば」
「その名は止めて貰おう」
 五徳の声には今までと違うものがあった。今までの上からの命に従う小人という印象はなく、腹の底からの声だ。
「失礼。だが、今ので分かっただろう。五徳殿は、こうしてとらわれておいでながら我を通そうとされた。そういうことだよ。余力を隠されている。最悪、捕まったのもわざとではないかな」
「買いかぶりすぎだ」
「ということで出し抜かれそうなので、術師は術師で押さえることにする。まあ、左道の輩である俺と、方士たる五徳殿と比べては困るだろうがね。ここでちょいとばかり強い術で真っ直ぐ火行陣を破る。そこを一気に御曹司はお嬢ちゃんと走り抜けてくれ。俺は五徳殿を連れて、術で逃げる」
「歌どの。こちらに。馬で一息に逃げます」
 驍にいわれるままに歌はついていった。馬は何かにおびえているようだがよく訓練されているのか、静かにしている。
 驍は馬車と馬を繋ぐ綱を外し、馬に乗った。手を差し出し、歌を引っ張り上げる。そのまま馬は走り出した。
 目の前には火の壁と化した木々が見えた。
 歌は震えながら、火の壁を見た。先程のように火で焼かれるか焼かれないか自信はない。

 わずかに風を感じた。それは馬車の方から優しい風が吹いている。その風は少しづつ強くなっていく草花をわずかに揺らすような風から、地面に押しつけるような風に。
「大丈夫。鴻はよい男ですから」
 火は風を受けて勢いを増してますます高くなる。山のように火は大きくなる。
 後ろから殴られた。そう歌は思った。それほどの強い強い風が背中から歌を追い抜く。それは一瞬で木々を折る嵐の強さに転じた。
「風弦襲」
 鴻のものと思われる声が風に混じり聞こえた。
 火の壁は一瞬で姿を消した。
 風に押されるように馬は足を早めた。振りかえれば馬車はもう見えないほどに小さくなっていった
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2008年03月25日

7 索隠

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翻羽翼后

7索隠


 屋敷が倒壊したのか天井に穴が開いている。それも一つではなく、いくつもの穴がだ。その隙間から星の明かりが差し込んできている。
 辻は身体の上に落ちた瓦礫を立ち上がりながら払った。
「だいじょうぶか」
 刀を持ち、周りを見る。
 素早く逃れたらしい遮那が崩れかけた屋根に登り、天を指さしている。
「見ろよ」
 夜空では、光がぶつかりあっていた。空でぶつかりあう光は玄と黒。
 その光は強く、辻の目にもまぶしさが届いた。
 二つの光は、間を開き、時には激しく近づきせめぎ合う。
 黒は逃れようとし、玄は追う。玄は黒を海へと追い込んでいるようだった
 激しく波があがった。海水が何か生き物であるかのようにうねり、黒に襲いかかる。黒い星は海の中に叩き落とされた。
 残った玄い光は、辻の方に向かってくるのか、少しづつ大きくなる。それは燐光を放つ玄鷹であった。
 燐光が消えた。先程までの整った姿とは違い、服の至る所は切り裂かれ、ただ布をまとっているような姿だ。
「今のは何だ?」
 辻の問いに玄鷹は笑った。
「辻さんと同じですよ。女神を求めるものです」
 女神が実在する。
「そういえばさっきちょうど話の続きでしたね。僕の今の仕事は女神を捕らえることなんです」
 玄鷹はいった。
「ちょうどいいからお見せしますよ女神を」

 屋敷の中にある階段を降りた。
 数分は降りたように思えたが、暗いせいでそれほど深いわけではない。
 それでもそこは地下だった。階段の果てには扉が一つあった。玄鷹が扉を開いた。
 狭い部屋だ。地下に作られたその部屋は、自然の洞窟をわずかに加工して、人が住めるように作り直したものだ。
 家具も、灯りを点す灯籠、寝台と鏡台。小さな文机のみ。
「これが女神です」
 誰かが寝台の上で眠っていた。
 小さい身体だった。辻にとっての主、琴姫も少女だが、今目の前にいる女神の方がずっと脆く弱いように見えた。
 少女は起き上がった。
 黄金の光を放つ長い髪は水の中にいるかのようにゆらゆらと動いている。髪も微かに光を発している。翠色の深い瞳だった。瞳の中に映る自分は間の抜けた顔をしていた。
「こんな時間に悪いね」
 玄鷹はいった。少女は玄鷹を見て駆け寄ってきた。
「けがはだいじょうぶ?」
 玄鷹の目が不快そうに細まる。
「まあね。君を求めてあの鬼が来たよ」
「よかった」
「でも倒したけどね」
「違うの。あなたにけががなくてよかった」
 ぎりっと玄鷹の奥歯をかむ音が響いた。
「それに、今日は君に遠くから会いに来た人がいる。まったく千客万来だね」
 玄鷹に押し出され、辻は前に出た。
「それがしは、東伯淡巳公の息女琴姫に仕える辻ともうします」
「よろしく」
 女神は小さく頭を下げた。
「主に不祥が多く、それを払うべく女神さまに相談をしに参りました」
 女神はただの小さな子供のように首をかしげた。
「悪いことが続いていて、どうにかできないかってさ」
 女神は頷いた。
「あります」
 言葉を選ぶように女神はいった。
「それは」
 照明が倒れ、闇が部屋を包んだ。
 風が部屋を吹き抜けた。
「防いで」
 玄鷹は叫んだ。
 何かが部屋に入ってきた。その頭には螺旋を描く角が二本生えて見えた。それだけではない。その体は巨大だった。
「鬼」
 辻は身構えた。
 それは辻の声を聞きながら立ち上がった。一瞬で、巨体が宙を舞った。
 頭上にある鬼の身体が辻に向かう降ってくる。その肉体は鉄の如き塊だ。交わしきれずに辻の身体は地面に押しつけられた。
「退け」
 辻は足下から転がって抜け出した。
 立ち上がって構えをとると、鬼が腕をたたき落とすのが見えた。
 刀で腕を受け止めた。踏み込んで威力は殺しきった。 鬼と目があった。黒い闇の塊のような目は見ていると力が抜けていく。
「くっそう」
 辻は叫んで一気に押し返そうとするがまったく動かない。
「それだけ持つとは」
 鬼の腕が倍近くふくれあがった。重さが正面からかかる。刃が弾かれ、そのまま体勢が崩れた。そこに拳が迫る。
「そうあわてなさんな」
 鬼の腕を弾いたのは黒輝く鉄の棒だった。それを握っているのは遮那であった。
「手を貸せ」
 辻は遮那の持つ手の棒に触れた。二人で一気に力をかけ、鬼の腕に力をいれる。しかし、できたのは微かに退かせることだけだ。
「何て力だ」
 遮那は棒から手を離した。一気に辻の腕に力がかかる。しかし、鬼の体勢も崩れる。遮那の蹴りが鬼の足を払った。大きく崩れた鬼の身体を見ながら、辻と遮那は後ろに下がった。
 背後にいる玄鷹と女神を庇いながら、辻は鬼を見ていた。
 鬼と目があった。黒い闇の塊のような目は見ていると、深い泥にでも首まで浸かっているような気がしてくる。
 それは隣の遮那も同じようだった。少しづつ構えている棒が下がってきている。
「目に飲み込まれないで」
 玄鷹の声が聞こえた。
 思えば鬼は眼前だ。
 ほとんど受け身もとれず、辻の身体を鬼の拳が襲う。辻は弾かれ、吹き飛ばれた先は遮那だ。二人はほとんどひとかたまりとなって壁にたたき付けられた。
「渡さない」
 そういった玄鷹の身体もまた崩れ落ちた。
「ごめんね」
 女神の身体は光に転じた。その光は鬼の周りを飛び回り、羽毛のような軽さで浮かび上がる。
「待って」
 玄鷹の叫ぶ声に光は一瞬だけとまるが、鬼を包み込んでそのまま消えていった。

 玄鷹はぼんやりと部屋に立っていた。顔はまっすぐに女神の消えていった夜空の方を向いている。
 辻は玄鷹の背を見ていた。
 玄鷹の、どこか不遜とさえ思えた雰囲気は変わり、小さな年相応の子供のように見えた。 自分もああしてぼんやりとした時があった。自分の側にあったものがなくなり、たいしたことはないと感じていた空虚の大きさにとまどうのだ。
 こうした時は放っておいて、自分自身の持つ何かで補わなくてはいけないのを辻はしっていた。
 しかし、遮那が玄鷹の肩を叩いた。
「早く追うぞ」
「そうだね」
 玄鷹は生気ない瞳を向けながら、どこかぼんやりしたまま印を結んだ。
 玄鷹の周りに光が生じる。遮那は側に立つのを見て、辻は続いた。
「一緒に行くの?」
 玄鷹がいうと辻は頷いた。
「女神は何かを告げようとしていた。だから聞かなくてはいけない」
 姫にいわれたことは今も心のうちに引っかかっている。しかし、今はそれよりも目の前の玄鷹が心配だった。
 遮那は小さく笑みを浮かべた。それは嘲笑のようにも見えた。

 
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2008年04月05日

8 喜懼 

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翻羽翼后

8喜懼



 どれだけ馬で揺られたのか日は陰って既に夜になっていた。
 深い闇の中で、淡々と驍は馬を走らせる。歌は驍にしがみついているだけでも恐ろしかった。
 馬の歩みはいつしか遅くなり、人が歩く程の早さになっていた。
 まばゆい明かりが歌の回りを白く染めた。光に慣れるとそこには角を生やしたものの姿が見えた。歌は身を小さくして驍の背後に隠れた。
「これより先は海領公さまの所領である」
 人の声だった。
 そっと顔を出して見て見れば、手にがん灯を持った数人の赤で身を固めた武者たちだ。
「驍将真ともうす。この省の役人だが、詮議の途中で難儀している」
 驍は鉄の板を大きく掲げた。何やら字が多く書かれていて、武者はそれを読んでいる。
「失礼しました。部隊の方はいらっしゃいますか?」
「独行で、一人部下がいるだけだ。場所はどこでもいいから、明日までどこかで休ませていただけないか。童を連れているのだ」
「分かりました。我々が休む場所でよければ、案内いたしましょう」
 歌に驍は顔を向けた。小さく笑みを浮かんでいる。
「これで少しは落ち着ける」
 案内されたのは宮殿といっていい大きな建物だ。扁額先程の馬車も豪奢と思えたがここに比べれば安っぽく思える。門の上に飾られた扁額は、赤い額縁に紺地、金色も鮮やかに『海月亭』と記されている。
 驍の顔色が変わった
「ここは公の邸宅ではないのか?」
 武者は頷いた。
「こちらに入って、待っていただくようにと」
 武者に案内され、海月亭に入った。
 椅子が対面になっておかれていて、既に茶と菓子も用意されている。
 歌は驍に勧められ座った。驍も続いて座るが、どうも警戒しているようだ。
「だいじょうぶですか」
 歌の言葉に驍は小さく首を横に振った。
 それがどこか芝居めいていて、歌は幼い頃に聞いた物語を思い出した。
 このような大きな屋敷。いるのはほとんど人を食う化け物だ。もしかして最初に鬼と思ったのは間違いではなく、人食いの鬼の屋敷に紛れ込んでしまったのかもしれない。
「鬼などではありませんよ」
 姿を見せたのは仙女だった。そう思ったのは一瞬で、よく見ればほっそりとしていて美しい、女官らしい朝服を身につけた女性だ。
「領海公、おじゃまいたしております」
 驍は頭を下げた。
「この時期は海上かと思っていました」
「昨日、戻ったのですよ。例の常世船への対応で、少し北海にいかねばなりませんでしたので。御曹司は知事としての任ですか?」
「火付けを働くものがおりまして、既にどのようなものかは分かりましたので、片づくのもすぐと思います」
「その後ろにいらっしゃるのは?」
「証人です」
 そう言われればそうなのだが、決められると自分が悪いもののように思える。女の目もどこか厳しいように思えた。
「気づかれているかは分かりませんが、その娘は火難を背負っていますね」
「領海公の目は信じておりますがその辺りで。この子は故郷を焼かれたのです」
「御曹司はお優しい事」
 女は歌に近づいてくる。歌は身を堅くしたまま女が来るのを見ていた。
「かわいそうに」
 抱きしめた腕や身体は柔らかい。花のような甘い匂いがした。その匂いに包まれていると、何か心も身体も柔らかくゆるんでいく気がした。
「あなた、うちの子にならない」
「領海公」
 驍が驚きの声をあげている。
「この子は天分がある。だから襲われたのでしょ」
「どうしてそれを」
「私が同じだからよ」
 事も無げに女はいった。
「どうかしら。こういっては何だけど、私は領海公。昴主さまから、海を与えられた女よ。養女になればよい暮らしは約束するし、あなたの力もしっかりのばせる」
「わかりません」
 それが正直なところだった。
「何が理由で村が焼かれたのかも、わたしが何なのかも、どう答えていいかも」
「混乱させてしまって悪かったわ。ただ、私の名前だけ覚えておいて。橘蓮花よ。さあ、呼んでみて」
「橘さま」
「蓮花師姉でいいわ」
「橘花」
「油断させておいて言質とは変わってないね姉さん」
 つまらなさそうな声が響いた。
「師姉といえば、同門の姉弟子の呼び名だ。そこから介入する気だろ」
 鴻が天井の梁の上から降りてくる。手には籠に入った猫を持っている。
「三世の縁があっても、あなたには姉とは呼ばれたくありません。それに勝手に入ってきてどういうつもり」
 蓮花の不機嫌な顔から鴻のいっている事は真実なのだろう。
「嫌われちまったな」
 鴻は歌の頭をなぜる。
「おい、簡単に言質をとられるなよ。世の中には悪いやつがたくさんいるからな」
「遅かったな」
 驍の声が厳しかった。
「御曹司、それはひどいぜ。これでもがんばったんだ」
「その男にはそれくらいでちょうどいいんです。お気をつけないと御曹司の命くらい狙ってきますよ」
「まあ盾にするくらいはするけどな」
 歌は三人の揶揄の会話をぼんやりと眺めていた。
 祖母を始め、年の離れた人間の中で暮らしてきたので、はねるような会話のどこに入っていいか分からない。
「でもまじめな話、分かっているでしょ」
 蓮花の目が鴻に向けられた。
「この嬢ちゃんが希にみる天分の持ち主ってことだろ。しかし、俺がみたところ、姉さんが弟子にしちゃ才能は伸びないね。この子は火だろ。姉さんは木。相性が悪い」
「道根が浅いわね。木は火を増すのよ。まあ、無理にとは言わないけど」
 蓮花は歌をみたが、見返すことしかできなかった。
「是非、お弟子にしてくださいおねえさま」
 鴻が声を高くしていった。
「誰がするかこの左道」
  

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2008年05月09日

9 未明

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翻羽翼后

9未明



 光に包まれた瞬間、身体の感覚が消えた。感覚だけでなく、自分の手足もまた消えたとの同じだ。
 ただ、足下が遠くなるのが解る。屋敷が玩具のように、千人浜が絵のように、気づけば雲が迫っていた。
 小さくなった眼下の景色とは逆に、辻の見える世界は広がっていた。
 千人浜の沖合に沖合に、霧が白い塊のように見えた。
 霧の白さではっきりと見えないが、中には椀を逆さにしたように思える形をした影が見えた。その影の上、見覚えがある光があった。
 女神だ。
 辻がそう感じた瞬間、椀が大きくなっていく。落ちている。
 椀と思えたのは島だった。
 様々な色が混じり合っている。それが森や草原、山や荒れ地、湿原、様々な場所から継ぎ接ぎしたような地形だ。中央に向かい少しづつ高くなっている。
 もっとも高くなった場所には塔が見えた。光はそこに向かい降りてゆく。
 辻も塔に近づいていく。屋上に降り立ったと思った瞬間、
「慮外者が」
 大声がした。
 塔から一気に弾き出された。
 空気を切り裂く感覚が頬を流れていく。地面が一気に近くなる。
 光が弾けた。
 光になってから無くなっていた肉体の感覚が戻る。頬を伝わる風、生ぬるい霧の感触が伝わってきた。
 辻は地面に降りた。
 大声で、玄鷹、遮那の名を呼ぶが答えはない。
 辻は懐から懐紙を出すと近くの木の枝に結んだ。二人が見つけたら追えるようにと配慮だ。
 先程上から見た為におおよその地理は分かっている。自分が見たのと同じものを見ていた事だろう。
 辻は歩き出した。
 森の木は葉が厚く、にすでも塗っているようにつやつやしている。千人浜の周辺で見た木とはまったく違って見える。
 夜明けを迎えて聞こえてくる鳴き声も、聞いたことがない鳥獣のものだ。 
  その声に混じり人のものと思われる声がした。言葉ではなく、ただの泣き声だ。
 母を呼ぶようなその声は赤子のものに思え、辻は足を早めた。
 多くの木が生い茂る中を、無理矢理身体を入れて進んでいく。
 茂みの中で赤ん坊の声がする。
「大丈夫だ」
 茂みをかき分け入るとそこには赤子の姿はなかった。
 樹上で枝がしなる音がした。辻は顔を上げた。上で何かが光った。鳥の目だと思った刹那、向かってきたのは獣だった。
 猫に似たしなやかそうな身体。しかし、その顔は鷹を思わせ、角まで生えている。こぼれてきた生臭い涎が顔を汚す。
 右腕を押さえつけられ刀は抜けない。
 泣き声がした。
 どこかに子供がいる。この獣にさらわれたのか。
 辻は思いきって頭を叩きつけた。獣が退いた。自由になった右腕で太刀を抜き、切りつける。
 獣は腹を裂かれ、動かなくなった。
「倒せるのか」
 そう呟いた時、聞こえたのは赤子の泣き声だ。
 一人ではなかった。茂みの中、樹の向こう無数といっていい声が聞こえてくる。それは鳴き声だった。茂みの中で燃えるようば瞳が見え、ついで獣が姿を見せる。
「く」
 向かってくる敵に合わせ辻は刃をふるった。
 十あまりを切ったろうか。それでも減る様子はない。落ちてきたのは辻の刀の切れ味だ。兼重征泰は刀にしては刃が太く、重さのみで人の頭くらい十分に砕けるが、それでも一撃で仕留められた敵を二撃、三撃と重ねなくてはいけないのは、それだけ消耗を早める。
 自分が相手をしているのが群であるのが辻には分かった。
 それでもどこかに赤子がいるのなら見捨てて逃げることはできない。
「伏せろ」
 何かが回りながら向かってくる。獣が吹き飛ばされていく。獣の骸を地面に突き刺しているのは長い棒だった。
「遮那」
 木々の向こうから姿を現した遮那は棒を抜いた。
「逃げるぞ」
「中で赤子の声がする」
 声は相変わらず聞こえてくる。
「今助けたところで、何れ捕まるだけだ。ここで助けても意味はない」
「だめだ」
 辻は遮那に背を向けた。
「あほだな。死ぬぞお前」
 赤子の声が叫びに変わった。その声は群の動きを止めた。辻は群を抜け、茂みに飛び込んだ。
 玄鷹が一際大きな獣を足下に倒していた。その喉から漏れる声は赤子のものだった。
 最初はそれが口の中にいる子の悲鳴でもあるかのように思えたがそうではなかった。
「こいつは蠱雕。白澤図にある。『その状、鷹に似て角のある獣。その声、嬰児に似て、人を食らう』」
 玄鷹はそういうと小さく笑みを浮かべた。
「ここはよく考えないとだまされるよ。弱いもの、きれいなものが擬態でないとは限らない」
「確かにな」
 遮那は皮肉気に笑みを浮かべた。
「危機を以て嗜むしかないようだが」
posted by 作者 at 23:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻羽翼后| edit

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