カテゴリ

2008年05月09日

9 未明

HOME翻羽翼后 ⇒ この記事です


翻羽翼后

9未明



 光に包まれた瞬間、身体の感覚が消えた。感覚だけでなく、自分の手足もまた消えたとの同じだ。
 ただ、足下が遠くなるのが解る。屋敷が玩具のように、千人浜が絵のように、気づけば雲が迫っていた。
 小さくなった眼下の景色とは逆に、辻の見える世界は広がっていた。
 千人浜の沖合に沖合に、霧が白い塊のように見えた。
 霧の白さではっきりと見えないが、中には椀を逆さにしたように思える形をした影が見えた。その影の上、見覚えがある光があった。
 女神だ。
 辻がそう感じた瞬間、椀が大きくなっていく。落ちている。
 椀と思えたのは島だった。
 様々な色が混じり合っている。それが森や草原、山や荒れ地、湿原、様々な場所から継ぎ接ぎしたような地形だ。中央に向かい少しづつ高くなっている。
 もっとも高くなった場所には塔が見えた。光はそこに向かい降りてゆく。
 辻も塔に近づいていく。屋上に降り立ったと思った瞬間、
「慮外者が」
 大声がした。
 塔から一気に弾き出された。
 空気を切り裂く感覚が頬を流れていく。地面が一気に近くなる。
 光が弾けた。
 光になってから無くなっていた肉体の感覚が戻る。頬を伝わる風、生ぬるい霧の感触が伝わってきた。
 辻は地面に降りた。
 大声で、玄鷹、遮那の名を呼ぶが答えはない。
 辻は懐から懐紙を出すと近くの木の枝に結んだ。二人が見つけたら追えるようにと配慮だ。
 先程上から見た為におおよその地理は分かっている。自分が見たのと同じものを見ていた事だろう。
 辻は歩き出した。
 森の木は葉が厚く、にすでも塗っているようにつやつやしている。千人浜の周辺で見た木とはまったく違って見える。
 夜明けを迎えて聞こえてくる鳴き声も、聞いたことがない鳥獣のものだ。 
  その声に混じり人のものと思われる声がした。言葉ではなく、ただの泣き声だ。
 母を呼ぶようなその声は赤子のものに思え、辻は足を早めた。
 多くの木が生い茂る中を、無理矢理身体を入れて進んでいく。
 茂みの中で赤ん坊の声がする。
「大丈夫だ」
 茂みをかき分け入るとそこには赤子の姿はなかった。
 樹上で枝がしなる音がした。辻は顔を上げた。上で何かが光った。鳥の目だと思った刹那、向かってきたのは獣だった。
 猫に似たしなやかそうな身体。しかし、その顔は鷹を思わせ、角まで生えている。こぼれてきた生臭い涎が顔を汚す。
 右腕を押さえつけられ刀は抜けない。
 泣き声がした。
 どこかに子供がいる。この獣にさらわれたのか。
 辻は思いきって頭を叩きつけた。獣が退いた。自由になった右腕で太刀を抜き、切りつける。
 獣は腹を裂かれ、動かなくなった。
「倒せるのか」
 そう呟いた時、聞こえたのは赤子の泣き声だ。
 一人ではなかった。茂みの中、樹の向こう無数といっていい声が聞こえてくる。それは鳴き声だった。茂みの中で燃えるようば瞳が見え、ついで獣が姿を見せる。
「く」
 向かってくる敵に合わせ辻は刃をふるった。
 十あまりを切ったろうか。それでも減る様子はない。落ちてきたのは辻の刀の切れ味だ。兼重征泰は刀にしては刃が太く、重さのみで人の頭くらい十分に砕けるが、それでも一撃で仕留められた敵を二撃、三撃と重ねなくてはいけないのは、それだけ消耗を早める。
 自分が相手をしているのが群であるのが辻には分かった。
 それでもどこかに赤子がいるのなら見捨てて逃げることはできない。
「伏せろ」
 何かが回りながら向かってくる。獣が吹き飛ばされていく。獣の骸を地面に突き刺しているのは長い棒だった。
「遮那」
 木々の向こうから姿を現した遮那は棒を抜いた。
「逃げるぞ」
「中で赤子の声がする」
 声は相変わらず聞こえてくる。
「今助けたところで、何れ捕まるだけだ。ここで助けても意味はない」
「だめだ」
 辻は遮那に背を向けた。
「あほだな。死ぬぞお前」
 赤子の声が叫びに変わった。その声は群の動きを止めた。辻は群を抜け、茂みに飛び込んだ。
 玄鷹が一際大きな獣を足下に倒していた。その喉から漏れる声は赤子のものだった。
 最初はそれが口の中にいる子の悲鳴でもあるかのように思えたがそうではなかった。
「こいつは蠱雕。白澤図にある。『その状、鷹に似て角のある獣。その声、嬰児に似て、人を食らう』」
 玄鷹はそういうと小さく笑みを浮かべた。
「ここはよく考えないとだまされるよ。弱いもの、きれいなものが擬態でないとは限らない」
「確かにな」
 遮那は皮肉気に笑みを浮かべた。
「危機を以て嗜むしかないようだが」
posted by 作者 at 23:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻羽翼后| edit
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/94794544
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。