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2008年03月25日

7 索隠

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翻羽翼后

7索隠


 屋敷が倒壊したのか天井に穴が開いている。それも一つではなく、いくつもの穴がだ。その隙間から星の明かりが差し込んできている。
 辻は身体の上に落ちた瓦礫を立ち上がりながら払った。
「だいじょうぶか」
 刀を持ち、周りを見る。
 素早く逃れたらしい遮那が崩れかけた屋根に登り、天を指さしている。
「見ろよ」
 夜空では、光がぶつかりあっていた。空でぶつかりあう光は玄と黒。
 その光は強く、辻の目にもまぶしさが届いた。
 二つの光は、間を開き、時には激しく近づきせめぎ合う。
 黒は逃れようとし、玄は追う。玄は黒を海へと追い込んでいるようだった
 激しく波があがった。海水が何か生き物であるかのようにうねり、黒に襲いかかる。黒い星は海の中に叩き落とされた。
 残った玄い光は、辻の方に向かってくるのか、少しづつ大きくなる。それは燐光を放つ玄鷹であった。
 燐光が消えた。先程までの整った姿とは違い、服の至る所は切り裂かれ、ただ布をまとっているような姿だ。
「今のは何だ?」
 辻の問いに玄鷹は笑った。
「辻さんと同じですよ。女神を求めるものです」
 女神が実在する。
「そういえばさっきちょうど話の続きでしたね。僕の今の仕事は女神を捕らえることなんです」
 玄鷹はいった。
「ちょうどいいからお見せしますよ女神を」

 屋敷の中にある階段を降りた。
 数分は降りたように思えたが、暗いせいでそれほど深いわけではない。
 それでもそこは地下だった。階段の果てには扉が一つあった。玄鷹が扉を開いた。
 狭い部屋だ。地下に作られたその部屋は、自然の洞窟をわずかに加工して、人が住めるように作り直したものだ。
 家具も、灯りを点す灯籠、寝台と鏡台。小さな文机のみ。
「これが女神です」
 誰かが寝台の上で眠っていた。
 小さい身体だった。辻にとっての主、琴姫も少女だが、今目の前にいる女神の方がずっと脆く弱いように見えた。
 少女は起き上がった。
 黄金の光を放つ長い髪は水の中にいるかのようにゆらゆらと動いている。髪も微かに光を発している。翠色の深い瞳だった。瞳の中に映る自分は間の抜けた顔をしていた。
「こんな時間に悪いね」
 玄鷹はいった。少女は玄鷹を見て駆け寄ってきた。
「けがはだいじょうぶ?」
 玄鷹の目が不快そうに細まる。
「まあね。君を求めてあの鬼が来たよ」
「よかった」
「でも倒したけどね」
「違うの。あなたにけががなくてよかった」
 ぎりっと玄鷹の奥歯をかむ音が響いた。
「それに、今日は君に遠くから会いに来た人がいる。まったく千客万来だね」
 玄鷹に押し出され、辻は前に出た。
「それがしは、東伯淡巳公の息女琴姫に仕える辻ともうします」
「よろしく」
 女神は小さく頭を下げた。
「主に不祥が多く、それを払うべく女神さまに相談をしに参りました」
 女神はただの小さな子供のように首をかしげた。
「悪いことが続いていて、どうにかできないかってさ」
 女神は頷いた。
「あります」
 言葉を選ぶように女神はいった。
「それは」
 照明が倒れ、闇が部屋を包んだ。
 風が部屋を吹き抜けた。
「防いで」
 玄鷹は叫んだ。
 何かが部屋に入ってきた。その頭には螺旋を描く角が二本生えて見えた。それだけではない。その体は巨大だった。
「鬼」
 辻は身構えた。
 それは辻の声を聞きながら立ち上がった。一瞬で、巨体が宙を舞った。
 頭上にある鬼の身体が辻に向かう降ってくる。その肉体は鉄の如き塊だ。交わしきれずに辻の身体は地面に押しつけられた。
「退け」
 辻は足下から転がって抜け出した。
 立ち上がって構えをとると、鬼が腕をたたき落とすのが見えた。
 刀で腕を受け止めた。踏み込んで威力は殺しきった。 鬼と目があった。黒い闇の塊のような目は見ていると力が抜けていく。
「くっそう」
 辻は叫んで一気に押し返そうとするがまったく動かない。
「それだけ持つとは」
 鬼の腕が倍近くふくれあがった。重さが正面からかかる。刃が弾かれ、そのまま体勢が崩れた。そこに拳が迫る。
「そうあわてなさんな」
 鬼の腕を弾いたのは黒輝く鉄の棒だった。それを握っているのは遮那であった。
「手を貸せ」
 辻は遮那の持つ手の棒に触れた。二人で一気に力をかけ、鬼の腕に力をいれる。しかし、できたのは微かに退かせることだけだ。
「何て力だ」
 遮那は棒から手を離した。一気に辻の腕に力がかかる。しかし、鬼の体勢も崩れる。遮那の蹴りが鬼の足を払った。大きく崩れた鬼の身体を見ながら、辻と遮那は後ろに下がった。
 背後にいる玄鷹と女神を庇いながら、辻は鬼を見ていた。
 鬼と目があった。黒い闇の塊のような目は見ていると、深い泥にでも首まで浸かっているような気がしてくる。
 それは隣の遮那も同じようだった。少しづつ構えている棒が下がってきている。
「目に飲み込まれないで」
 玄鷹の声が聞こえた。
 思えば鬼は眼前だ。
 ほとんど受け身もとれず、辻の身体を鬼の拳が襲う。辻は弾かれ、吹き飛ばれた先は遮那だ。二人はほとんどひとかたまりとなって壁にたたき付けられた。
「渡さない」
 そういった玄鷹の身体もまた崩れ落ちた。
「ごめんね」
 女神の身体は光に転じた。その光は鬼の周りを飛び回り、羽毛のような軽さで浮かび上がる。
「待って」
 玄鷹の叫ぶ声に光は一瞬だけとまるが、鬼を包み込んでそのまま消えていった。

 玄鷹はぼんやりと部屋に立っていた。顔はまっすぐに女神の消えていった夜空の方を向いている。
 辻は玄鷹の背を見ていた。
 玄鷹の、どこか不遜とさえ思えた雰囲気は変わり、小さな年相応の子供のように見えた。 自分もああしてぼんやりとした時があった。自分の側にあったものがなくなり、たいしたことはないと感じていた空虚の大きさにとまどうのだ。
 こうした時は放っておいて、自分自身の持つ何かで補わなくてはいけないのを辻はしっていた。
 しかし、遮那が玄鷹の肩を叩いた。
「早く追うぞ」
「そうだね」
 玄鷹は生気ない瞳を向けながら、どこかぼんやりしたまま印を結んだ。
 玄鷹の周りに光が生じる。遮那は側に立つのを見て、辻は続いた。
「一緒に行くの?」
 玄鷹がいうと辻は頷いた。
「女神は何かを告げようとしていた。だから聞かなくてはいけない」
 姫にいわれたことは今も心のうちに引っかかっている。しかし、今はそれよりも目の前の玄鷹が心配だった。
 遮那は小さく笑みを浮かべた。それは嘲笑のようにも見えた。

 
posted by 作者 at 20:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻羽翼后| edit
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