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2008年03月02日

5 遺誡

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翻羽翼后

5遺誡


 笑みを返してから、辻は男を見た。
 背の中程まである長い結んである黒色の髪が揺れてみえる。
 ほっそりとした輪郭をした顔は、形のいい眉を持ち、きりっと通った鼻筋と、小振りな唇を持っており、まるで武者人形を思わせる美男だ。年は辻と同じか少し年上だろうか。鍛え上げた身体はその柔らかな雰囲気にそぐわなかった。
 何かおかしかった。
 辻は警戒していた。それでもこの男は気配も感じさせなかった。それは、自分を完璧に律する事ができるもののみが見せる境地だ。
 辻はそう考えつつも、桶に入れた湯で体を流してから、露天風呂に入った。
「お武家さんかな」
「ええ」
 辻は頷いた。
「わかりますか?」
「刀を扱っていると体につく肉の付き方が変わるからね」
 正面から見ていて違和感の正体に気づいた。男の体に傷がほとんどない。まるで生まれたの赤子のようだ。
「そちらは」
「用心棒さ」
 その言葉が真実なら、この身の傷の無さはただ一つ。男の力量を示している。天才的な技か、あるいは頑強な体か。あるいは二物を持つか。
 辻は言葉を選びつつ男を探る気になっていた。
「それがしは辻ともうす。ご明察の通り武士です」
「俺は遮那という。用心棒だ」
 この男を護衛に雇うようなものとはいったい何者なのだろうか。
「護衛ですか?」
 聞いても答えないと思いながら辻はいった。
「今回は調べものの口なんだ」
 あっさりと男は口を開いた。
「この辺りは琥珀の産地らしいんだがしっているか? 琥珀は紘土だとかなり高価なんだぜ」
「そうなのですか」
 あの馬のように生き物を琥珀にかえるものがいるのなら、そこは無尽蔵な富を持つことだろう。
「ああ。大陸から天津島にくる富は多いが、でていく琥珀に関しては、逆なんだ。また天津の琥珀はできがいいからね高値で売れる」
「それは知りませんでした」
「おっと、とんだ儲け話だったな。まあこうした儲け話は他人に話さないのが寛容だ。それを解っているようで、あの坊ちゃんは何も話してくれないのでここにとどまっているわけだ」
 遮那は立ち上がった。
「すっかり長風呂しちまった。ここは武士にとっては縁起がいい風呂だからよく味わっておくといいぜ」
「縁起がいい?」
「『彼聖四年、青海孤影、ゆくは一艘の船、乗るは守応皇子』」
 東国の武士なら子守歌のように聞いている守応皇子の武勇伝の一つ。青鸞王渡海の始まりの一節だ。
「『眼前には船団 皇子独り挑む 雲霞の如き敵 怯まずに挑む』」
「その後、守応皇子は相手の帝を倒し、天津を救った。その前に入った風呂がここさ」
 遮那は思い出しているのか目を閉じた。
「『我が滅已のち、劃定せし境は、命賭けるところなり』」
「それだ。」
「その時に決められた区分が今でも東国の所領を定めていますから、幼い頃より学ぶことです。それにしても、ここがそうだとは」
 遮那は頷いた。
「割合物語だとそれらしい場所でしているからな。ではまた顔をあわすこともあるだろう。そのときはよろしくな」
 遮那は立ち去っていった。
 辻は息を吐いた。
 今まで入ってこなかった景色が入ってくる。
 海がよく見える。
 空に瞬く星がなければ、どこが海と空の境かわからないような眺めだ。
 遮那という男は海に似ていた。気持ちの持ちようで海は、様々な事を思わせるが、海そのものは常に海だ。あの遮那もこちらの感情の動きによって、雰囲気を変えたように思えたがそうではない。こちらの疑心を受けてそのように振る舞ったように過ぎない。
「辻さま、服を用意させていただきました」
 外から声が聞こえた。
「わかりました」
 辻は答えた。
 体が温まるまで入ってから辻は外に出た。
 用意された服はまだ新しいもののようだった。辻が着てきたものより厚く、こちらの気候にあっているようだ。
 辻は刀を持って外に出た。
 玄関を回ると童が待っていた。
「いい湯だったみたいですね」
「久々に体が休まったよ」
 辻が答えると童は笑みを浮かべた。
「食事の用意はできてますよ。こちらに」
 そこは十数人は入れそうな広間だった。
 相変わらず気配なく遮那は座っていた。
 沿海州の船乗りがよく使う裾を絞れるようになった黒い袴と、色々な布を切り嵌めてあるあざやかな上着の袖を、肩近くまでずり上げて紐で縛っている。
 膳が用意され、焼き魚と海草、汁物とご飯が用意されている。
 辻が遮那に黙礼し、二人は向かい合って座った。
 上座に席があり、そこに座るのは童だった。
「せっかくなので紹介と思ったんですけど、もうすまされてますね」
 二人は頷いた。
「僕は北家玄鷹といいます」
 玄鷹は背筋を伸ばし、ゆっくりと頭を下げた。
「以後よろしくおねがいします」
 頭を上げると、玄鷹は膳を手で示した。
「料理が冷える前に食べてください」
 辻と遮那は食事を始めた。
「お二人ともどうしてここに?」
「俺は仕事だ。辻殿はお役目らしいが、玄鷹殿は?」
「ここにいるのは狩りの為です」
「狩り」
「はい。・・・をとら・・」
 玄鷹の言葉に被さるように轟音が響いた。 
posted by 作者 at 19:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻羽翼后| edit
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