カテゴリ

2008年04月05日

8 喜懼 

HOME翻羽翼后 ⇒ この記事です


翻羽翼后

8喜懼



 どれだけ馬で揺られたのか日は陰って既に夜になっていた。
 深い闇の中で、淡々と驍は馬を走らせる。歌は驍にしがみついているだけでも恐ろしかった。
 馬の歩みはいつしか遅くなり、人が歩く程の早さになっていた。
 まばゆい明かりが歌の回りを白く染めた。光に慣れるとそこには角を生やしたものの姿が見えた。歌は身を小さくして驍の背後に隠れた。
「これより先は海領公さまの所領である」
 人の声だった。
 そっと顔を出して見て見れば、手にがん灯を持った数人の赤で身を固めた武者たちだ。
「驍将真ともうす。この省の役人だが、詮議の途中で難儀している」
 驍は鉄の板を大きく掲げた。何やら字が多く書かれていて、武者はそれを読んでいる。
「失礼しました。部隊の方はいらっしゃいますか?」
「独行で、一人部下がいるだけだ。場所はどこでもいいから、明日までどこかで休ませていただけないか。童を連れているのだ」
「分かりました。我々が休む場所でよければ、案内いたしましょう」
 歌に驍は顔を向けた。小さく笑みを浮かんでいる。
「これで少しは落ち着ける」
 案内されたのは宮殿といっていい大きな建物だ。扁額先程の馬車も豪奢と思えたがここに比べれば安っぽく思える。門の上に飾られた扁額は、赤い額縁に紺地、金色も鮮やかに『海月亭』と記されている。
 驍の顔色が変わった
「ここは公の邸宅ではないのか?」
 武者は頷いた。
「こちらに入って、待っていただくようにと」
 武者に案内され、海月亭に入った。
 椅子が対面になっておかれていて、既に茶と菓子も用意されている。
 歌は驍に勧められ座った。驍も続いて座るが、どうも警戒しているようだ。
「だいじょうぶですか」
 歌の言葉に驍は小さく首を横に振った。
 それがどこか芝居めいていて、歌は幼い頃に聞いた物語を思い出した。
 このような大きな屋敷。いるのはほとんど人を食う化け物だ。もしかして最初に鬼と思ったのは間違いではなく、人食いの鬼の屋敷に紛れ込んでしまったのかもしれない。
「鬼などではありませんよ」
 姿を見せたのは仙女だった。そう思ったのは一瞬で、よく見ればほっそりとしていて美しい、女官らしい朝服を身につけた女性だ。
「領海公、おじゃまいたしております」
 驍は頭を下げた。
「この時期は海上かと思っていました」
「昨日、戻ったのですよ。例の常世船への対応で、少し北海にいかねばなりませんでしたので。御曹司は知事としての任ですか?」
「火付けを働くものがおりまして、既にどのようなものかは分かりましたので、片づくのもすぐと思います」
「その後ろにいらっしゃるのは?」
「証人です」
 そう言われればそうなのだが、決められると自分が悪いもののように思える。女の目もどこか厳しいように思えた。
「気づかれているかは分かりませんが、その娘は火難を背負っていますね」
「領海公の目は信じておりますがその辺りで。この子は故郷を焼かれたのです」
「御曹司はお優しい事」
 女は歌に近づいてくる。歌は身を堅くしたまま女が来るのを見ていた。
「かわいそうに」
 抱きしめた腕や身体は柔らかい。花のような甘い匂いがした。その匂いに包まれていると、何か心も身体も柔らかくゆるんでいく気がした。
「あなた、うちの子にならない」
「領海公」
 驍が驚きの声をあげている。
「この子は天分がある。だから襲われたのでしょ」
「どうしてそれを」
「私が同じだからよ」
 事も無げに女はいった。
「どうかしら。こういっては何だけど、私は領海公。昴主さまから、海を与えられた女よ。養女になればよい暮らしは約束するし、あなたの力もしっかりのばせる」
「わかりません」
 それが正直なところだった。
「何が理由で村が焼かれたのかも、わたしが何なのかも、どう答えていいかも」
「混乱させてしまって悪かったわ。ただ、私の名前だけ覚えておいて。橘蓮花よ。さあ、呼んでみて」
「橘さま」
「蓮花師姉でいいわ」
「橘花」
「油断させておいて言質とは変わってないね姉さん」
 つまらなさそうな声が響いた。
「師姉といえば、同門の姉弟子の呼び名だ。そこから介入する気だろ」
 鴻が天井の梁の上から降りてくる。手には籠に入った猫を持っている。
「三世の縁があっても、あなたには姉とは呼ばれたくありません。それに勝手に入ってきてどういうつもり」
 蓮花の不機嫌な顔から鴻のいっている事は真実なのだろう。
「嫌われちまったな」
 鴻は歌の頭をなぜる。
「おい、簡単に言質をとられるなよ。世の中には悪いやつがたくさんいるからな」
「遅かったな」
 驍の声が厳しかった。
「御曹司、それはひどいぜ。これでもがんばったんだ」
「その男にはそれくらいでちょうどいいんです。お気をつけないと御曹司の命くらい狙ってきますよ」
「まあ盾にするくらいはするけどな」
 歌は三人の揶揄の会話をぼんやりと眺めていた。
 祖母を始め、年の離れた人間の中で暮らしてきたので、はねるような会話のどこに入っていいか分からない。
「でもまじめな話、分かっているでしょ」
 蓮花の目が鴻に向けられた。
「この嬢ちゃんが希にみる天分の持ち主ってことだろ。しかし、俺がみたところ、姉さんが弟子にしちゃ才能は伸びないね。この子は火だろ。姉さんは木。相性が悪い」
「道根が浅いわね。木は火を増すのよ。まあ、無理にとは言わないけど」
 蓮花は歌をみたが、見返すことしかできなかった。
「是非、お弟子にしてくださいおねえさま」
 鴻が声を高くしていった。
「誰がするかこの左道」
  

posted by 作者 at 20:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 翻羽翼后| edit

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。